婚約解消したら、彼女の過去にタイムリープしてしまったみたいなんだが。」 - 天ノ谷霙
第2巻 内容紹介

「凄いな、これはガラスか? こんなに小さく丸く加工して、さらに透明度まで保てるとは」
くるくると手の中で回しながら眺め、一つ一つの輝きを検分する。光に透かせばキラキラと反射して、自らを美しく魅せつける。ガラスを通した光は影の中に虹色を落とし、無意識に「綺麗」という言葉が口の中を滑った。
その光がガラス玉を動かすたびに伸びたり縮んだり、輝きを変えるのが面白い。指先で弄んでいるガラス越しに景色を眺めていると、光に映し出された虹色の影がスッと伸びて、リザベルの肌を彩るのが見えた。その影は彼女の服の裾、袖、銀の髪へと伸びて行き、そしてまた白い肌を写し込む。ガラス玉越しに見ていた景色が鮮明に変わり、俺はそっと光から焦点を外した。こちらをきょとんと眺めるリザベルの瞳にガラス越しでない陽光が写り込んで、まるで虹を閉じ込めたように美しい。
「綺麗だな」
「っ」
無意識に笑うと、リザベルは目を丸く見開いてそのまま伏せてしまった。今度は長い睫毛に日の光が当たって、その輪郭をキラキラと縁取っている。髪と同じ銀の睫毛はガラス玉のように瞳の輝きを反射しており、星が散っているかのように煌めいていた。
婚約者であるリザベルに憑依する形で13年前にタイムリープした王太子のフィルマは、彼女の悲痛な幼少期を知ることとなった。
ぽつりと零したリザベルの願いを叶えるため、一緒に平民街へと外出するフィルマ。そこで見た本当の彼女の姿に、より一層想いと決意を強くする。
改めて臨んだ調査の中で、少しずつ明らかになっていく真実。潜入したネーガルー公爵邸で、見つけた証拠とからくりから点と点が繋がった時、フィルマはリザベルを悲劇のどん底に陥れた者の正体とその理由に触れることになる。
彼女を苦しめた者に断罪を与えるため、そしてリザベルの自由を取り戻すため、フィルマは嘘と罪に塗れた卒業パーティ会場へと足を踏み出した。
これはひょんなことから婚約者の過去を知った青年が、彼女の自由のため、全てを白日の下に晒すまでの物語。
第1巻 内容紹介

目が覚めて、すぐに上体が起こされる。誰かに起こされたのかと思ったが、誰もいない。不思議に思って馬車の様子を確認しようとしたところで、目の前の光景に驚いた。
金の猫足がついた白地の家具に、桃や黄のかわいらしい色を基調とした小物の置かれた少女趣味な部屋。そこには先ほどまで俺が座っていた馬車の面影は一つもなく、あるのは朝日が差す天蓋つきのベッドだけだった。
気絶している間に家まで運ばれたのかと周囲を見回すが、調度品には一つも覚えがない。
どこかの令嬢の部屋にでも連れ込まれてしまったのかと慌ててベッドから退こうとしたが、そこでようやく体の異変に気づく。自分の体が動かせないのだ。怪我でもしたかと強張る頭を尻目に、俺のものであるはずの体は、別の意思を持ったようにぐっと伸びをした。その際に一瞬だけ映り込んだ手の甲に、ふと違和感を抱く。それは先ほどまで見ていたゴツゴツとした大人の男の手ではなく、その半分にも満たない大きさの、小さく柔らかな子供の手だったからだ。
肩からぱさりと落ちた髪は絹糸のように艶やかで、滑らかな銀色をしている。俺の髪色は明るい水色であり、銀ではない。しかしその髪色の持ち主に心当たりがあって、どくどくと焦燥に駆られた心音が脳裏をこだまする。落ち着け、と呟く声も出ないまま、混乱する頭が状況を整理する前にぐっと細い体が動き出した。ベッドを滑り降りた体はそのまま、真っ直ぐに姿見の前へと向かっていく。
胸元まで真っ直ぐ伸びた銀色の髪。春の若草を思い起こさせる黄緑色の瞳。真っ白な雪と見紛うほどに白い肌。ふくふくとした頬は薔薇色に染まっていて、その背は五歳が妥当なほどに小さい。そう。鏡に写っていたのは婚約を結んだ当時のリザベル・カービネナ、その人に違いなかった。
王太子のフィルマは、婚約者である公爵令嬢のリザベルに、一週間後の卒業パーティにて婚約解消の発表を行うことを伝えていた。淡々と了承したリザベルに不信感を抱きながらも、フィルマは愛するリリィの元へ向かうため早々にその場を後にする。しかしその途中で不運な事故に遭ったフィルマは、次に目覚めた時、なんとリザベルと婚約を結んだ日にタイムリープしてしまっていた。それも、彼女の身体に憑依する形で。
そこでリザベルの過去を追体験することになったフィルマは、少しずつ彼女に隠された真実を知っていくことになる。
愚かな判断をしたと自分を責めるフィルマは、事故直後の現在に戻って来たと同時に、彼女の元へ向かって走り出し───。
これは、ひょんなことから婚約者の過去を知った青年が、彼女の幸せのために奔走する1週間の物語。
編集部より
人気作品がミーティアノベルスに登場!
ろくに交流もできないまま婚約を解消してしまった相手・リザベルに、憑依する形でタイムリープしてしまった王太子のフィルマ。
リザベルが無邪気で愛らしかった幼少期から変わってしまった理由を少しずつ知っていったフィルマは、彼女の幸せのために動き出し……
ミーティアノベルス作品としては珍しい、男性視点の物語。ミステリー要素もあり、先を読む手が止まりません。
カタルシスが素晴らしく、ぜひ第1巻、第2巻とお読みいただきたい物語です!
第1巻の電子書籍版限定書き下ろしでは、フィルマが遡ることのなかった婚約前の一幕を収録。差し出された1枚のボロボロの絵を、リザベルがどうしても守りたかった理由とは───?
第2巻の書き下ろしでは、2人のその後の一幕を収録。フィルマが教えてくれた〝宝物〟の正体とは──?
全2巻でお送りする、時を超えて婚約者の幸せのために奔走する青年の物語を、ぜひお楽しみください!