偽装夫婦は素直になれない - Hk
内容紹介
「……ダンス中にずいぶんと余裕だな? きょろきょろとよそ見ばかり」
足元を気にしていたエルシーは、頭上からかけられた声に顔をしかめた。
考え事をしていたのは確かで、一応足を動かしてはいたが音楽はまるっと無視していた。顔を上げて目の前の男ににっこりと微笑む。
「よそ見なんてしてません」
「してたでしょう、そんなに珍しいものがありますか、奥さん?」
「ふーん、俺だけ見てろって? 大した自信ね……、っと」
足元から意識が離れて思わずつんのめってしまい、相手の足につま先がぶつかって体勢を崩す。腕を支えられて転倒は回避できたものの、男がわざとらしく微笑んだ。
「ほら言ったそばから。俺はあなたのことを心配したんですよ? そんなに人を蹴ったらあなたの足が傷んでしまうかも」
「ご心配なく、頑丈なので」
ダンスが下手であることを皮肉られ、エルシーはカチンときて、「ふん!」と思い切り男の足を踏んづけた。相手からうめき声が漏れたので、溜飲を下げる。
嫌なやつである。顔は良いが性格が悪い。いつもの騎士服とは違って煌びやかな夜会服なのに、違和感なく着こなしているのがさらに腹立たしい。
男はうんざり、といった様子でため息をついた。
「……まったく、足癖が悪い」
「なにかおっしゃったかしら?」
「やんちゃなおみ足ですね、と」
「もう一発欲しいみたいね」
最近、貴族たちの間で『聖夜の雫』と呼ばれる怪しい薬が広まっているという。
そんな中、女騎士エルシーは貴族婦人を装って社交界での潜入捜査を命じられた。
目的は二ヶ月後に行われる薬物蔓延の首謀者の夜会に招かれること。そこで首謀者たちを現行犯で捕まえるのだ。
偽装貴族夫婦の相手役は、同期入団の騎士ジェラルド。どうにもこの男、顔は良いが性格が悪い。気に食わない。相性が悪い。一緒に組むと大体もめる。
「相手役を変えて欲しかったら早めに言った方がいいわよ」
「いや、お前でいい」
「お前で、ね!」
しかし偽装夫婦を装って捜査しているうちに、ジェラルドの意外な一面も見えてくる。喧嘩しつつもジェラルドのことが気になってくるエルシー。
二人は社交界で顔を売っているうちに、薬物の首謀者とも近付いていき――。
素直になれない騎士バディのケンカップルラブ!
編集部より
ミーティアノベルス完全書き下ろし作品!
市民からの叩き上げで騎士となった女性・エルシー。貴族の間で薬物がまん延しているとの噂から、貴族の夫婦に扮して潜入捜査をすることに。
エルシーの夫役は、なんだか気に食わない同期の男・ジェラルド。
二ヶ月先に催される大規模な夜会での摘発を狙っている騎士団。
肝心の夜会に潜入するには、まず社交界で顔を売って夜会に招かれる必要があります。
そのため結構な時間を捜査で夫婦を装っているうちに、互いの意外な一面が見えてきて……
素直になれない偽装夫婦の行く末は、果たして──? ぜひお楽しみください!